WEB金蘭会

金蘭会セミナー


第104回
平成19年1月19日(金)
演題
口腔ケアで防ぐ嚥下障害
講師
舘村 卓氏(昭和48年卒)
大阪大学大学院歯学研究科 顎口腔機能治療学教室 助教授
無限責任中間法人 TOUCH 代表社員(平成18年から兼務)

舘村 卓(たちむら たく)氏 プロフィール

昭和48年 大阪府立大手前高等学校卒業
昭和48年 大阪大学工学部入学
昭和50年 大阪大学歯学部入学
昭和56年 大阪大学歯学部卒業
昭和60年 大阪大学大学院歯学研究科修了(口腔外科学,歯学博士)
平成 7年 大阪大学歯学部附属病院 顎口腔機能治療部 副部長
平成12年 大阪大学大学院歯学研究科 顎口腔機能治療学教室 助教授
平成18年 無限責任中間法人 TOUCH 代表社員

摂食嚥下機能や音声言語機能等の口腔機能の回復を通じて要介護児・者の社会参加を
支援する医療と研究に取組んでいます.

舘村氏のブログ= 「DocTakのささやき」のURL  http://d.hatena.ne.jp/DocTak 
大変面白いので是非ご覧くださいませ!


 



 
  まずもってリポート記事のアップが遅くなってしまったことをお詫びします。1時間半という短い時間に、膨大な内容のお話をされたので、どこから手を着ければいいか見当もつかずに時間ばかりが過ぎてしまいました。幸いにも貴重なスライド資料を提供して頂けたので、話の流れに添ってリポートを進めて参ります。

 それにしても不思議な縁(えにし)を感じたのは、阪大医学部付属病院の消化器外科と歯学部の舘村先生グループがコラボレートした記念碑的なプロジェクトの発端となったのが、升谷会長のご子息のご夫人だったことでした。

 当時、阪大の消化器外科では、食道癌患者のオペは成功しているのに、摂食嚥下障害や術後合併症で、半年以上も退院できずにいる患者さん達が沢山いたとのこと。その現状に疑問をもったナース達が問題提起し、紆余曲折の後に阪大歯学部顎口腔機能治療部の舘村先生に、病棟への訪問口腔ケアと摂食嚥下機能訓練を依頼したのが始まりで、このプロジェクトの推進役として大切な役を担われたのが升谷先生でした。その後升谷先生は、医学部保健学科に舘村先生を講師として招聘され、学生達に口腔ケアと摂食嚥下リハビリの重要性について講義して頂いているとのことです。

 また筆者の診療所に舘村先生を指導医としてお招きしており、毎年、阪大の宮原総長宛に指導医派遣依頼書を提出しているのですが、総長のご母堂が奇しくも大手前の大先輩にあたられ、当日聴講にお越し頂いていたことも大きな驚きであり、ほんとに世間は狭いもの…という感を深く致しました。

(42年卒 吉田春陽)


NO.1                        NO.2 何故 経口摂取が望まれるのか


NO.3                        NO.4


NO.5                        NO.6


NO.7                        NO.8


NO.9                        NO.10


NO.11                       NO.12(出典)『解剖学1』金原出版


NO.13                       NO.14


NO.15                        NO.16(出典)『解剖学1』金原出版


NO.17                        NO.18


NO.19                       NO.20


NO.21                       NO.22


NO.23                       NO.24


NO.25(出典)『摂食・嚥下障害』        NO.26口蓋帆挙筋・口蓋舌筋の活動と嚥下量
Logemann著,道健一・道脇幸博 監訳
医歯薬出版         


NO.27                       NO.28


NO.29                       NO.30


NO.31                      NO.32(出典)『口腔ケア Q & A』中央法規出版


NO.33                        NO.34


NO.35                        NO.36


NO.37                        NO.38


NO.39                       NO.40 ・ 「DocTakのささやき」
                               ・ http://d.hatena.ne.jp/DocTak


1.人はなぜ誤嚥するのか?
 講演の冒頭、まず興味をそそられたテーマが「なぜ人は嚥下障害をおこすのか」という根本的な問題だった。

 氏は、馬の頭頚部の解剖図と人のそれを比較して、人が直立二足歩行を獲得したために顔面が90゜腹側に変位したことがその原因であると解説した。
我が国の死亡原因の第1位は悪性新生物(癌)であるが、高齢者の死亡原因の第1位には、全体で4位の肺炎が浮上してくる。最近亡くなった丹波哲郎氏も肺炎だったことは記憶に新しいところだが、高齢者の肺炎を惹き起こす大きな要因のひとつが誤嚥であることが、様々な調査で分かってきている。

 人は直立二足歩行を獲得して前足の自由を得、自由になった前足を手として巧みに操ることで道具を発明し、道具を使い、文明を築き上げてきた。また顔面が90゜腹側に変位したことで鼻腔と気管が分離し、長い咽頭部が形成されたために、呼気を口腔に導くことが可能となり、音声言語を手に入れることができた。しかしその代償として鼻咽腔・喉頭の閉鎖不全による誤嚥の危険性を背負い込むことになったのである。軟口蓋と喉頭蓋が直接ロックできる馬などの四つ足動物では、誤嚥は起こらない。

 当日聴講された先輩諸氏は、講演終了後の懇親会でも楽しく会食されていたご様子なので、現在のところ全くその心配はないが、年と共に筋力や反射機能は低下するので、いつまでも美味しく口から食事を楽しむことができるように、嚥下機能を落とさない方策を熟知しておくことは重要なことであると考える。

2.正常な嚥下と各時期の障害
 異常を知るには正常を知っておくこと。我々が日々食事しているときの摂食嚥下の状況を、順を追って紹介された。

@先行期
 食事(食物の経口摂取)には、まずそれが食物であるという認識と、視覚・嗅覚・味覚・触覚・温冷覚などの体性感覚が必要である。例えば日本人は梅干しの写真を見ただけで、唾液がわいてくるが、梅干しを食べた経験がない外国人にとっては、それがどんな味の食べ物かを想像することができないので、なんの反応も起こらない。    
  またウトウトしていて意識レベルが低い状態では、スプーンの上のものが食べ物かどうかを認知することが難しいだろう。摂食嚥下機能訓練を行うのは意識が清明なときをねらうことが重要である。
食物を認知し、五感を使って身体が摂食の準備を整える次期を「先行期」と呼び、ここには食文化が大きく関わることを忘れてはならない。

A準備期
 食物を口唇でとらえ(捕食)、前歯で咬みきり・臼歯ですり潰し(咀嚼)、唾液と混ぜて飲み込める状態にする(食塊形成)時期が準備期で、この時期の障害には歯科治療が大きく関与できる。

 口唇閉鎖が不完全なら、うまく食物を口腔内に取り込めない・食べこぼす・涎が流れるなどの困った状況が現れる。口唇閉鎖機能訓練が必要となるケースである。
 歯周病などで歯を失い、義歯が入っていない状況では、食物を咀嚼できない。

 また舌の運動機能が低下していたり、唾液の分泌量が落ちていると(ドライマウス)、食塊形成ができず、うまく飲み込めないだろう。これはクラッカー3枚を水無しで食べることがどんなに難しいかを想像すると容易に理解できる。
 
  自分の歯を大切にすること、また不幸にして歯を失っても義歯を入れて咀嚼できるようにしておくことは、咀嚼嚥下機能を維持する上で非常に重要なことである。

B口腔期
 唾液と混ざり合い、一塊として飲み込めるようになった食塊が、のどの奥に運ばれて嚥下反射が起こるまでの時期を口腔期と呼ぶ。この段階までは意志の力で制御できるので随意相とも呼ばれる。

  このとき、食塊がスムーズに咽頭に移動するためには、軟口蓋が上がって鼻咽腔が閉鎖されなければならず、閉鎖が不十分だと食塊の一部が鼻腔に逆流してしまう。軟口蓋の動きが悪いときには、軟口蓋を持ち上げる筋肉がある場所(前口蓋弓)をアイスマッサージして感覚を高め、ストレッチすることで運動機能の改善を図る。また専門医の診断のもとに補助具(PLP:パラタルリフト)を作成し、鼻咽腔閉鎖を助けることもある。

C咽頭期
 咽頭まで運ばれた食塊が食道入口部まで運ばれる段階を咽頭期と呼ぶが、軟口蓋は鼻咽腔を閉鎖し、喉頭が前上方に移動する(飲み込む際に指をのど仏に当てると、のど仏がゴクンと上に移動することが観察できる)と共に喉頭蓋が下に倒れ込んで気道を閉鎖する。つまり鼻と気道が遮断されて口と食道が1本の筒になった状態になる。

 咽頭期から後は反射運動なので(反射相)、我々が直接的に介入できることは少ない。ここでは軟口蓋・喉頭・喉頭蓋の動きを妨げないような姿勢をとらせることが大切になる。

 上を見上げる姿勢は、顎が上がり気道が優位になる姿勢で、人工呼吸時の体位である。この姿勢で嚥下させると、喉頭の前上方への移動距離が長くなり、気道の閉鎖が難しくなる。また逆に、顎が胸元に着くくらい極端な前屈姿勢をとると、喉頭の運動が妨げられて飲み込みにくくなってしまう。気管切開でカニューレが挿入されている場合も同じことが言える。

 口腔期〜咽頭期では軟口蓋が鼻咽腔を閉鎖しているので、呼吸は停止している(呼気相)。嚥下機能訓練では、必要な時間「息を止める」ことが必要で、息が浅くなる様な状況では、まだ食塊が咽頭を通過していないのに呼吸が再開してしまい、誤嚥を生じる危険性がある。長く椅子やソファーに座った状態が続くと、次第に身体がずり落ちてきて、お腹が胸を圧迫する姿勢になることは、映画館や新幹線で経験することであるが、この様な体位では呼吸が浅くなり、誤嚥の危険性が高くなる。摂食嚥下機能訓練には、それに適した姿勢があることを理解する必要がある。

D食道期
 食塊が食道に達すると、食道入口部が弛緩して食道に入り、食道の括約筋が順次上方から蠕動運動を開始して、食塊を胃まで移送させる。食塊が食道に入った後は、軟口蓋・喉頭蓋がそれぞれ定位置に戻って呼吸が再開され、嚥下反射は終わる。

 昔から「食べてすぐ横になると牛になる」と言われているが、正にその通りで、食べてすぐに横になると、胃の中に入った食物が逆流して食道に炎症を起こしたり(逆流性食道炎)、気管に入って肺炎を起こすことがある(逆流性肺炎)。胃内容物が腸に移行するまでの食後2時間程度は、座位を保つことの大切さが理解頂けると思う。これは経管栄養患者にも当てはまることで、鼻から管を通して流動食を入れたり、直接胃に流動食を送り込んでいる場合でも、注入後しばらくの間は座位確保が大切である。

 食物が口の中に入ってから食道を通過するまでの流れが、アニメーションで紹介された。食塊の咽頭通過時間はコンマ何秒という短い間で、この短時間に咀嚼嚥下に関わる多くの器官が絶妙のタイミングで協調運動を行い、無事に食物を飲み込んでいるという人体のメカニズムには感動すら覚えるものがある。
 
3.摂食嚥下機能訓練時の体位
 咽頭期から食道期にかけては反射運動なので、食塊が誤嚥されることなく咽頭を通過し、食道に入るように誤嚥防止姿勢をとらせる必要がある。

 まず最初は「端座位」。これはベッドの端に腰をかけて足を床に下ろした状態で、椅子の背板にもたれず体幹を真っ直ぐに保つ姿勢である。次は「足底接地」で、足の裏(靴の裏)がしっかり床についている状態。足が床から離れていると体幹を真っ直ぐに保つことが難しい。更に「前屈位」が必要で、軽く頷いた状態のとき、食塊が気道に入ることなく咽頭を通過できる。

 もし身体の拘縮があり、端座位・足底接地・前屈位という姿勢を取れないときには、スライド資料の22番に示されているように頭頚部・体幹・下肢の角度を維持してベッドを倒せばいい。このとき足底は接地できないので、しっかり踏ん張れるものを足の裏に当てて、身体がずり落ちてこないように姿勢制御することが大切である。

 また片マヒがあるときには、マヒ側の背中と背板の間にバスタオルやマットを差し込んで、マヒ側を背板から浮かせる姿勢をとる。そしてマヒがない方(非患側)の口角からスプーンを挿入し、重力を利用して健常な知覚が残っている非患側の咽頭を通過させることで誤嚥を防ぐ。

4.食物の性状と一口量
@食品の粘調度
 嚥下障害のリハビリには「とろみ」をつければいい、と安易に考えがちだが、メーカーによって粘調度の基準がまちまちなので、レシピを盲信せずに実態に即しているかどうかを確かめてから使用するように心がけなければならない。

 嚥下障害の程度はどれくらいか、舌の運動機能はどれくらい障害されているかで、とろみの付け方は変わる。舌は前後・上下・左右の3軸方向に動き、全方向に舌が動けるとき、固形物の経口摂取が可能となる。
 前後運動のみでは吸啜運動しかできない。上下方向の動きまでしかできないケースでは、舌を上顎に押しつけて食塊を押しつぶし丸飲みすることになるので、よく熟れたバナナ程度に調理されたものが嚥下できる。

A食物の温度
 食物の温度も重要なファクターである。「暖かいものは暖かいうちに、冷たいものは冷たいままで」食べて頂くのがいいことは誰でも分かっているつもりだが、実際に体温と同じ温度のものは「食物」として認知されにくいので、嚥下反射を促せずに誤嚥を惹起する危険性がある。食物を美味しく感じる温度は、体温±20度と言われているが、誤嚥を防ぐ意味からも食物の温度には気を配る必要がある。

B食事の一口量
 スプーン1杯にどれくらいの量の食物をのせるか、食事の一口量は大切な問題である。多すぎると1回では飲み込めず、口の中に残ることになる。また少なすぎると反射を促す刺激としては小さすぎるので、嚥下反射そのものが起こらない。ちょうど1回で飲み込めて、残留しない量を試行錯誤的に探しだし、嚥下訓練の初期にはその量を厳密に守ってリハビリを進めることが必要。

 いずれにしても障害の診断とリハビリメニューの作成には、専門医の診察が必要なので、スタッフと検査機器の整った専門医療機関を受診する必要がある。

5.口腔ケア
@食前のブラッシング
 かねてからの概念としては、「デンタルプラークや歯石を除去して、ムシ歯や歯周病を防ぐと共に、清潔な口腔を作ること」であったが、摂食嚥下障害がクローズアップされてきてからは、咀嚼嚥下機能・言語機能・呼吸機能など口腔が有する諸機能の維持改善をも含める広い概念に変わってきた。

 「1日3回、3分以内に、3分間」これは食後の歯磨きを励行させるためのスローガンで、疾病予防の観点に立った考え方であるが、機能的な口腔ケアを考えるなら、食前のブラッシングも大きな意味を持つ。摂食嚥下訓練に入るとき、まず肩・首・顔面など口から遠い箇所からストレッチやマッサージを行い、血行をよくするとともに緊張を取り除いて、楽に誤嚥防止姿勢がとれるようにする。またこのとき三大唾液腺のマッサージを行うことで、唾液の分泌を促すことができる。

 次に歯ブラシによるマッサージとストレッチを行うと、刺激性唾液の分泌が昂進し、食塊形成が容易になる。事前のブラッシングで消化器官系が目覚め、食事に対する身体の受け入れ態勢が整う。更に食前に口腔内を清潔にしておくと、たとえ誤嚥したとしても肺炎にまで至ることはない。食前のブラッシングには大きな意味がひそんでいたのである。

A使わない口が最も汚い
 最近は胃に穴を開け、直接胃に流動食を流し込む経管栄養法(PEG)が盛んに行われるようになり、栄養補給の面では多大の恩恵がもたらされたといえる。口を使わないから誤嚥が防止され、一見、一挙両得のように見えるが、実際は使わない口には自浄作用がないため、使っていない口が最も汚いということが忘れられている。
  食事に口を使っていないとしても、1日に1リットル以上も分泌される唾液はほとんど飲み下されているので、不潔な口腔内でプラークだらけの唾液が気管に入れば、容易に誤嚥性肺炎に至る。

 デンタルプラークは、歯だけではなく、口やのどに挿入されたあらゆるものに付着するので、経鼻カテーテルや気管カニューレの表面もプラーク染め出し液で真っ赤に染まる。カニューレを交換した日に熱発するのは、カニューレに付着したプラークが原因であり、これを防ぐには徹底的な口腔ケアによるしかない。


 冒頭で紹介した阪大消化器外科とのコラボレーションは、入院患者に口腔ケアを徹底することで、食道癌外科手術術後の合併症である縫合部の狭窄・開裂などを防止し、誤嚥性肺炎の発症を抑え、摂食嚥下機能訓練を進めることで、在院期間を半分に短縮するという結果をたたき出した。結局、術後合併症は不潔な口腔のデンタルプラークが原因であり、これを除去して口腔を清潔に保つことで、入院患者の社会復帰を促すことができたのである。

以上、長々と綴ってきましたが、とても舘村先生のご講演を言い尽くせるものではありません。先生は昨年、無限責任中間法人「TOUCH(限りなき口腔ケアと健康のための医療福祉団)」を立ち上げられ、摂食嚥下障害などでお困りの方々に、少しでも役に立ちたいと考えておられます。年間、多くの講演を依頼されておられますので、またお話を伺える機会もあろうかと存じます。

(リポート文責  42年卒 吉田春陽)


セミナーのレジュメです。

ページ作成 S53年卒岸政輝 & S50年卒谷村瑞栄&リポート34年卒町田&カメラ50年卒前渕