吉村氏の講演に遅参し、また吉村氏が大阪府議会に途中にて参集されたため講演内容を十分
理解していないことを詫びつつ、大阪における大震災等の大規模災害について全般的な感想を
書かせていただきます。ご了承下さい。
私は、大手前高校卒業後、大学進学に伴い東京に在住しております。東京に在住しています
私にとりまして大阪府が、大地震に伴う大災害、特に大津波を教訓とした災害想定をされている
ことに、率直に申し上げて意外に感じたというのが第一印象でした。それほど今回の大震災、大
津波が大きなものであったことを改めて感じたのです。
内海である大阪湾に面している大阪にとって大津波の想定は、従来の震災による災害想定と
しては比較的検討課題の優先度が低いものであったと思います。このような一見、“想定外”に
なりがちな課題についても真剣に検討しておくことがいかに大事かを今回の震災は警告している
といえます。
先日、東京で福島第一原子力発電所の政府事故調査・検証委員会の委員長を務めている失敗学
の畑村洋太郎氏と話をする機会がありました。畑村氏とは、畑村氏が主宰してきた「ドアプロジェクト」
「危険学ブロジェクト」等を既に参加してきており10年近いお付き合いになります。畑村氏が、福島の
事故の直後に『未曾有と想定外』という本を上梓され、ご送付いただきました。
畑村氏は、この著書の中でも触れられているが、学生時代に三陸に旅行にいったおり、はるか
陸地の上に津波の遡上地点にたてられた石碑を見つけ、当時の津波の規模を想定して心底怖く
なったと記述しています。実際、畑村氏は、津波に対応するための避難棟を海岸近くに一定間隔
で設置すべきであると講演や著書で指摘し続けていました。
3月11日後、畑村氏は、被災地を何度も訪れています。畑村氏いわく三陸においては、住民の
多くは地震=(イコール)津波であることは想定していたので相当数が避難していたとのことです。
しかしながら牡鹿半島の付け根に位置する石巻周辺では、その意識が低くかなりの人が災害に
巻き込まれたとのことです。災害における想定をしていた地域とそうでない地域での災害被害は
かなりの差があることを指摘していました。
このように仮に大阪でも津波を想定してかなりの意識
変革が行われればそれだけ大災害における
人的被害を減少することが可能であると考えられるわけです。ただ先ほどの三陸地域においては、
今回の地震の前約100年間に1896年の「明治三陸大津波」で約2万人、1933年の「昭和三陸
大津波」で約3000人、1960年のチリ地震津波でも100人以上の犠牲を出しており、家族、地域、
自治体等において津波被害への危機感が共有できていたとも言えるわけです。
その危機感の共有が大阪地域においてどの程度進むかが今後大事な課題になってくると思われ
ます。その為にも想定被害を過少に見積もるのでは、最大被害想定で見積もろうとする吉村氏たち
大阪府の対応には評価すべき点があると思われます。ただ住民レベルで津波の被害想定を共有
するには基礎自治体(市町村)での活動も含めて地域、企業、行政の連携した行動計画が鍵を
握っているように感じます。前述の畑村氏の著書にもあるように人の人生の短さから“歴史的時間軸”
では十分想定された出来事でも“未曾有”というカテゴリーに入れ、想定外にしてしまわないことが
何よりも大切だと認識すべきでしょう。
今回の講演は、「津波」がテーマでしたのでお話の大半は津波による被害想定の話になっていた
ように思いますが、当然大地震における被害は津波だけに留まらないわけです。むしろ危機管理
の常識かもしれませんが、一度起こったことが再現されるケースよりまさに“想定”されていない
問題で大きな被害がもたらされることが多いように思います。
私は、大阪地区において一番大きな問題になるのは建物の倒壊と大規模な火災であるように
思います。東京においてもそうですが、かつての大地震で火災消失した地域での不燃化が進んで
います。それに対して関東大震災当時は、郊外地域としてあまり被害が出なかった東京の西側、
山手通りから環状7号線に囲まれる練馬、世田谷、杉並、渋谷の一部などが非常に怖いように
感じます。同様に大阪においても木造密集地域(木密地区)が、多々見受けられるのでこのような
地区を中心とした建物倒壊、火災の危機が現実に高いとみた方がよいと思います。
一方、木造密集地域は、路地空間もあり活き活きした生活感あふれるまちの風景はとても好まれて
います。それらの地区には、Cafeやギャラリーや雑貨屋が誕生している地区もあります。しかし、
都市防災という視点で見た場合極めて大きな被害が想定されることも住民のみならず社会全体で
共有すべき情報であります。特定の地区の被害想定を積極的に開示していくのは、忍びないとも
いえるのですが“未曾有”という“想定外”をつくらないためにも情報の開示と共有の徹底をお願い
したいものです。
都市防災は最低限安心して生活できるための基礎的な情報であり、付和雷同しないためにも
正確でかつ“想定外”という枠をつくらない創造力豊かな危機意識を継続的に持ち続けていただき
たいと節に祈るのみです。それこそが、今回の東日本、阪神・淡路等過去の自然災害で亡くなら
れた方への供養といえるかもしれません。