WEB金蘭会

社会への貢献

 大手前の同窓会である金蘭会の活動を総括する時、他校の同窓会には見られない際立って特筆すべき特徴を挙げるならば、3点あると言えます。 私学の創設・国際グリム賞創設・阪神淡路大震災における同窓会員の救援活動の3点です。
私学の創設
 まず第1点目の私学の創設は、金蘭会女学校のことです。金蘭会創設後14年の明治38年に設立認可されていますが、その前年の明治37年10月の総会で女学校設立を満場一致で可決して以来、16名の創立委員の方々は、獅子奮迅の活躍をされたそうです。日露戦争後の変動期に直面し、国民生活が窮乏するさなか、無一文から資金の調達をするには、確かに並々ならぬ苦労があったと思われます。これが現在の金蘭会学園の始まりであります。そしてその時の活動を支えたのは、公教育の足らぬ部分を補助し、そこから新しい教育をはぐぐむという考え方であったということです。
 大正14年、創立20周年に当たるのを機に、経営も安定したことではあり、金蘭会高等女学校は、金蘭会の手を離れて独立しましたが、そのときの約束として、産みの親の「金蘭会」の名は残すという一条がありました。それにより、現在、短期大学、共学高校、女子高校まで含む総合学園として発展しても、大淀の地に、また千里の地に、金蘭会の名が使われているのです。
国際グリム賞創設  
 2点目の国際グリム賞創設は、昭和61年大手前高校創立百周年記念事業の一環として、会員からの寄付を募り、なされたものです。この時、金蘭会館改修(ただし母校改築後)基金も設けましたが、それのみならず広く社会へと還元をと、大阪城正面大手門前へ、形のよい松と大阪城築城時の石を配した築山を寄付し、城の正面に風情を添え、更には、文化を尊ぶ会員気質により、金蘭会館改修費用を上回る基金によって、上記の賞が設けられたのです。
 国際グリム賞は、児童文学の研究に優れた業績をあげた学者に贈られる賞で、賞金1万ドル、正賞として”錫半”(社長は会員)作製の盾も合わせて贈られます。児童文学関係では、ドイツの国際アンデルセン賞が既にあり、それは優れた児童文学作者に贈られるものであるため、地道な活動を続ける児童文学研究者の努力に報いたいとの趣旨で設けられました。財団法人大阪国際児童文学館との共催で、2年に一度贈られます。第一回は昭和62年に、西ドイツのクラウス・ドーテラー博士が受賞、第二回は平成元年スウェーデンのヨーデ・クリングベリ博士、第三回は平成3年アメリカのジェイムス・フレーザー博士と、外国人学者の受賞が続きました。
 第4回は、日本人初の鳥越信氏の受賞となりました。金蘭会館改修お披露目も兼ねた平成5年6月13日の記念総会の席上、第四回国際グリム賞授賞式として神能会長から直々に表彰され、新聞にも取り上げられました。
 その間、金利の低下という経済情勢の変化もあって、この賞の運営について見直しがなされ、存続そのものについて検討されることになりました。第五回は、当初の方針通り実施され、平成7年に初の女性研究者として、フランスのドニーズ・エスカルピ女史が受賞されました。
 その後検討が重ねられた結果、賞自体の存在が評価されている上、大阪府教育委員会からの強い要請があり、やはり重要な存在意義があるということで、金蘭会の財政運営に重い負担にならない範囲での運営要領を定め、第十回までの存続が決定されました。今後回を重ねる度に、ますます賞の重みが増すであろう事を期待しています。
阪神淡路大震災における同窓会員の救援活動
 第3点目の上記救援活動については、まだ記憶に新しいところです。平成7年1月17日午前5時46分に起こった震災は、未曾有の大惨事となりました。被害の大きかった阪神間にたくさんの会員を抱える金蘭会は、直ちに救援活動を開始。
 新年互礼会を中止し、1月23日の緊急理事会で、救援内容を決定し、早速新聞による呼びかけをしました。1月24・26日には読売新聞、1月25・26日には朝日新聞で救援活動を呼びかけました。
 その反応はすぐに現れ避難所で読売新聞を見た若い兄弟からの無事ファックスが入ったのを始めとし、無事だった会員、あるいはご自身も被災された会員の方々からの義援金・義援物質も次々と届けられ、住宅提供の申し出もなされました。その一方被害状況を把握するために、評議員に罹災調査を依頼する書類を発送、各支部長にも救援の趣旨徹底を依頼、更には被災地を除く全国へ支援依頼書を発送。その結果5名の会員が亡くなられたこと、多数の会員が被災されたことが判明しました。その悲しみを乗り越えて、寄せられた義援金を、物故者に弔慰金・被災会員にお見舞金としてお贈りし、提供された住宅もお世話しました緊急理事会で決定したことを無事やりおおせたのです。この間の詳細は、「大手前だより第47号」に記されています。
 このおよそ3ヶ月にわたる活動が、ほとんど毎日事務局に詰めきりだった3人の理事を中心として、他の理事や評議員、一般会員、更には事務局のアルバイトの方を含むすべてボランティアによってなされたのは、驚くべきことであります。他の高校の同窓会からも、参考にするための問い合わせがありましたが、特に人件費についての質問が多かったそうです。同窓会活動も、のはや経費無しには考えられない今日にあって、素早く独自にしかも無償で活動をやり遂げ、外部の人たちをも驚かせた金蘭会は、やはり普通の同窓会とは違う何かを秘めているのではないでしょうか。
 以上特筆すべき点についてあげてきましたが、むろん他の同窓会が行っているような活動をこなした上でのことです。それにしても考えてみますに、いずれの場合も、「社会と関わろうとする姿勢」と、「実践する力のすばらしさ」をうかがうことができます。母校である大手前の土壌がそうさせているのでしょうが、百十周年を迎え、更に21世紀を迎えた現在も、忘れずに受け継いでいきたい特徴であると言えるでしょう。
 今更ながら、校歌に歌われている「強き信念(まこと)、高き理想(のぞみ)」に、大手前の精神が凝縮されており、大手前の土壌となって大手前生を育てて来たことを、そしてそれが同窓会員に脈々と受け継がれて来たことを、痛感せざるを得ません。
参考文献:「金蘭会百年のあゆみ」「大阪府立大手前高等学校創立百十周年記念誌」

ページ作成 S53年卒 岸 政輝